「青焔魔の落胤、か」
 燐の話を聞き終えた後、達磨は目を閉じてそれだけを呟いた。思考をまとめるように口を閉じ、静かに呼吸を繰り返す。
 一通り話し終えた燐もその隣で耳を傾けていた獅郎も何も言わない。ただ座して達磨の答えを待った。そして、
「藤本くんに燐くん、君らのやろうとしとることはよぉ解った。確かに燐くんの青い炎ならあの不浄王のミイラも燃やしてしまえるやろ。……燐くんが経験したことに関しては正直、私は何も言えん。けど私が知る限り、燐くんが語ってくれた明陀の話は本物や」
「じゃあ」
「おん。協力しよ。いや、協力して欲しい。私としては竜士にも誰にも、もう不浄王の柵(しがらみ)を受けさせんで済むんやったら諸手を挙げて歓迎したいんや」
「ありがとうございます!」
「恩に着る、達磨。良かったな、燐」
「おう!」
 達磨の返答に獅郎と燐は顔を見合わせ笑い合った。彼の協力があれば不浄王を完全にこの世から祓うのも一気に容易くなるだろう。
「不浄王の身体については私しか知らへん場所やし、いつでもいけるで。ただ“右目”は京都出張所の『深部』に保管されとるさかい、そっちも燃やすんやったらちょぉ方法を考えなあかん。あっちは『深部』自体に蟒ら宝生家の、その上部に八百造ら志摩家の目ぇがあって私一人入るんやったら問題無いんやけど……」
「そう易々と他人を入れるわけにもいかねーか。たとえそれが上手くいったとしても、青い炎はどうやったって目立っちまうしなぁ」
 達磨の台詞を獅郎がそう続けた。
 青という色は特別だ。至上にして最悪。祓魔師にとって憎むべき存在でありながら、同時にどうしても敵わないことも知っている。そんな青が急に目の前に現れて混乱しない祓魔師はまずいないだろう。特に『青い夜』を鮮明に覚えている大人なら。
 そして当時強力な聖職者を多く抱えていた明陀宗はその分だけ被害も大きかった。達磨の父、先代の座主しかり。『深部』の外側を守護する志摩家の当主、志摩八百造の父や一番目の息子しかり。
「たぶん八百造らの協力は得られへん。事情をよぉ説明したら解ってくれるかもしれへんけど、いきなり“青い炎の持ち主”に協力せぇ言うても感情が追っつかんやろう。八百造も蟒も真面目な奴やさかい、たぶんぎょぉさん苦しませてしまうはずや」
「そうか。まあこっちとしてもあんまり燐の正体をほいほい晒すってのは勘弁して欲しいからな。その辺はしょうがねえ」
 獅郎は苦笑を浮かべてそう答える。
 では一体どうするのか。
 身内の目がある場所でその身内にバレないよう右目を処分する方法は。
 三人は黙り込み、それぞれ思考を巡らせる。一瞬だけ獅郎が何か思い付いたように表情を変えたが、生憎他の二人がそれに気付くことはなかった。
「仕方ない。燐の記憶だとまだ一年ほど余裕はあるし、この場は保留っつーことにするか。良い案ってやつは話し合いの場じゃあんまり浮かばねえって話もあるしな」
「ジジィ、出直しってことか?」
「おう。ま、しばらく虎屋に世話んなって京都観光がてらどうするか考えようぜ。……達磨、あんたもそれで構わないか?」
「そやね。私も今のところこれと言った妙案が浮かぶでもなし……。こっちでも色々考えてみるわ。何かあったら連絡してくれたらええ。私もさせてもらうさかい」
「わかった」
 答えて獅郎は立ち上がる。燐も同じく座布団から腰を上げ、フードを目深に被り直した。
「じゃあ、達磨。また近日中に」
「達磨和尚、今日はありがとうございました」
「おん。藤本くん、燐くん、こちらこそありがとぉな。そんで、これからよろしゅう頼む」
 達磨の言葉に二人は頷き返し、獅郎が襖に手をかけた。それが開かれる前に燐はさっと姿を消し、獅郎が部屋を出る。
「……」
 一人残された部屋で達磨は顎をひと撫でするも、妙案はしばらく浮かびそうになかった。



* * *



「わりぃな、燐。これからメフィストの野郎と仕事の話あってよ。あんま聞いてほしくねえ話題なんで、少しの間だけ外に出といてくれるか?」
「? おう。わかった。でもあんまり根詰め過ぎんなよ。もう若くねえんだから」
「最後のは余計なお世話だ! 俺はまだ若い!」
「あははっ! そんじゃちょっと出かけてくるー」
「気を付けてな」
 京都出張所から旅館に戻って早々、そう言って獅郎は燐が出て行くのを見送った。一人になった途端、宿泊中の旅館の部屋はシンと静まり、気温まで下がったように感じる。
 そんな冴え冴えとした空気の中、獅郎は携帯電話を取り出してアドレス帳に元々記憶させている11桁の番号ではなく、もっと長い番号を押した。
 小さなその機械を耳に当てれば最初に「プツ」と何かが切れて別の場所に繋がるような音がし、コール音が鳴り出す。一、二、とコール音を心の中で数えていると、三度目が鳴り終わった後に通話が開始された。
『貴方がこの回線を使うなんて珍しいじゃありませんか』
「そりゃ久しぶりに“誰にも聞かれたくない話”をするつもりだからな」
 畳の上へ直に座り込んみ壁に背を預ける格好で獅郎は電話の向こう―――メフィスト・フェレスにそう答える。
 現在二人を繋いでいるこの回線は騎士團を含む他者からの盗聴を完全にシャットアウトするもので、メフィストが随分前に用意したものであった。他人に聞かれたくない話は基本的に顔を合わせて同じ空間で行う二人だが、こうして声を電波に乗せて話すことも無いわけではない。場所が離れている上で内密な会話を急いでする必要があるなら尚更に。
『それで一体どうしました? 勝呂達磨の協力が得られなかったとか?』
「いや、それはない。喜んで協力してくれるってよ。だが明陀宗全体が協力してくれるわけじゃねえ。燐のことを含めて話を通してるのは達磨だけだ」
『それもそうですね。不用意に彼の存在と青い炎を他人に教えるわけにもいきませんし。明かすなら必要最低限の人数に抑えたい。ですが、そうなると一体どうするおつもりで? 京都出張所の深部は奥村くんのことを教えられない方の明陀の人間が警護しているんじゃないですか』
「ああ」
 獅郎は短く肯定する。
 達磨との会話でも出たが、不浄王のミイラはともかく、深部を守る外の志摩と内の宝生に燐のことを伏せたまま右目をどうにかするのは非常に難しい。こちらから先に話を通しておいて『青い夜』を知る者が燐の炎の存在に苦しもうが悲しもうが、実を言うと獅郎にはどうでもいいことなのだが、“存在を知られた燐が他者から危害を加えられるのではないか”という心配があるため実行に移すつもりは欠片もなかった。
「だから俺に案がある」
『ほほう。お聞きしましょう』
 メフィストの楽しそうな声。こんな声を聞くとやはり相手は悪魔なのだと実感する。だが親という生き物もまた自分の愛しい子のためなら悪魔だろうが魔神だろうが容易になってみせるもので。
 獅郎は口の端を持ち上げながらとんでもないことを電波に乗せた。

「藤堂三郎太に情報を流す。『最深部』にある“左目”が偽物にすり替わってるってな」



□■□



 獅郎に席を外して欲しいと言われてふらりと街に繰り出した燐だが、さてこれからどうやって時間を潰そうかと足はすぐに止まってしまった。
 雑踏の中でフードを被っていては悪目立ちするため、今は昨日この地を訪れた時と同じく顔を外に晒している。そうやっていれば、観光地として世界的に有名であり多種多様な人間で溢れるここで燐もその中の一つとして風景に溶け込むことができた。流石に倶利伽羅を手放すわけにはいかず、そちらは専用の赤い袋に入れて肩に引っかけていたが。
(神社仏閣系は近寄らねえ方がいいのかなぁ。有名所は基本的に悪魔が入れねえようにしてるだろうし、そうじゃねえならそれはそれで良くないものとか住み着いてそうだし……)
 ―――適当に観光客用の店でも冷やかすか。
 そう決めて燐の足は再び動き出す。
 少し歩けば虎屋からもあまり離れていない所で土産物屋が軒を連ねる通りを発見できた。燐は早速その通りの端から順に巡ることにする。
 人の流れに乗ったり、店先で少し立ち止まったり。一般の観光客と同じようにそんなことを繰り返しながら群衆の中の一つとなる。ただ彼らと違うのは、燐はその流れに乗ってこの道の先にある有名な寺までは行かないということだ。
 ふらふらと店を冷やかしていた燐はその中の一件に目を向けた。
「クロに土産でも買って帰るかな」
 店先に陳列されている菓子類を眺めながらぽつりと呟く。
 京都らしさをアピールするためか、その店では抹茶系の物が一押し商品とされていた。燐はそれらを眺めながら「あ、これなら作れるかも?」とか「流石にバームクーヘンは無理」だとか胸中で判断を下していたのだが―――。
「君、ペットか何か飼ぉてんの? でも流石に人間と同じ物喰わせたら体に悪いんとちゃうか?」
「ッ!」
 突然話しかけられ、びくりと身を硬直させる。
 悪魔が跋扈する戦場ならともかく、こんな場所で近寄ってくる人間の気配など全て見も知らぬ観光客ばかりだろうと気を抜いていたのが仇(あだ)となった。
 顔見知りに声をかけるような気安さで燐の隣に立っていたのは、
「志摩の、兄ちゃん……あ、じゃなくて。柔造さん?」
「おん。昨日ぶりやねぇ。また一人でおるみたいやけど、今日は迷子と違うん?」
「ち、違ぇよ。ジジィが部屋で仕事の話してっから俺は聞かねえように出てきただけだ」
「さよかぁ。ほな君、今は暇なんやね」
「ん……まぁそう、だけど」
「そやったら俺がこの辺案内したげよか?」
「え」
 予想もしなかった申し出に燐は驚いて青い目を丸くする。そんな表情が面白かったのか、柔造は表情を崩しながらくすくすと吐息を漏らした。
「昼に君のお父が京都出張所の方に来きはったんやけど、その時は君おらへんかったやろ? 折角京都まで来たのにお父は仕事で観光は自分一人とか寂しいやんか」
(? ……あ、そっか。この人、俺も一緒にいたことは知らねえんだよな)
 勝呂達磨に案内された部屋で獅郎に呼ばれるまで完全に姿を消していた燐である。たとえ出張所内にいたとしても柔造がその存在に気付くはずもない。
 末の弟と同じ年格好の子供に見せる気遣いは柔造の人柄の良さを表しているかのようだった。その親切心はとても嬉しい。だが燐の素性をよく知らない彼に案内された先で悪魔とバレるようなことがあっては一大事である。
「えっと、それは嬉しいんだけど、ちょっと遠慮しとく。どうせジジィの方もそんなに長い話じゃないだろうし、すぐ旅館に戻ることになるだろうから」
「んーそりゃ残念やな。俺、奥村くんとはちょぉ話してみたかったんやけど」
 苦笑しながら告げる柔造に燐は申し訳なく思って謝罪と感謝を伝えるため口を開きかける。だが眼前の青年の台詞を頭の中で反芻させてはたと気付いた。
(“おくむらくん”?)
 どうして自分の名前を知っているのか。彼に燐の名前を知る機会などなかったはずなのに。
「奥村くん? どないしはったん?」
 驚きと混乱で二の句を告げずにパクパクと口を開閉させるだけの燐に柔造は小首を傾げた。しかもやはり聞き間違いではないらしく、彼は確かに燐を見て「奥村くん」と言っている。
「おーい、奥村くん?」
「……なん、で。俺の、名前」
 ようやくそれだけ音にすれば、柔造は納得したように「ああ」と答えた。
「君、藤本聖騎士が父親なんやろ? ジジィて呼んではるし。せやからまぁ君が“奥村くん”なんかなぁて思たんやけど」
 にこりと笑ってそう言うが、それで納得などできようものか。そもそも燐はその存在さえ殆どの人間に秘匿されている。『奥村燐』の生存を知っているのはメフィスト・フェレス、藤本獅郎、そして勝呂達磨の三人だけだ。
 一体どういうことだとますます混乱する燐。だがそこでふと気付いた。藤本獅郎の傍には燐以外の、そして有名な「奥村」がいるではないか。歴代最年少で祓魔師の資格を得た人間が。
(あれ? ってことはひょっとしてこの人、俺と雪男を間違えて――?)
 そこまで思い至った直後、第三者の声が燐と柔造の間に割り込んできた。
「柔兄ーっ! なにしてんのーっ!」


 ―――その数分前。


「あ、柔兄や」
 京都出張所からの帰り道、ふと通りの反対側に顔を向けて呟いた志摩の声に勝呂と子猫丸が反応する。二人も志摩と同じ方向に視線をやれば、ある一件の土産物屋の前に見知った志摩家の次男が立っていた。
「何しとんのや、柔造のやつ」
「隣におる人と仲良さげに話してはりますねぇ」
 子猫丸の言うとおり、仏教系にアレンジされた騎士團の制服から既に私服へと変えている柔造の隣には初めて見る少年の姿があった。横顔から判断するに、黒髪で青い目を持つ彼はおそらく自分達と同じ年頃だろう。
「……あ」
 青い目。同じ年頃。そして柔造と顔見知りらしい。
 この三点に志摩はひょっとしてと思って声を上げる。
「あの人が柔兄の言うてた“奥村くん”とちゃいますやろか」
「ああ、あいつが最年少祓魔師っちゅう奥村雪男か」
「見た目はホンマ僕らと変わりませんね」
 どこにでもいそうな子供だ。
 子猫丸がそう感想を漏らした直後、志摩は兄に向かって駆けだした。
「ちょ、志摩さん!?」
「気になるし、ちょぉ見てきますわー」
 勝呂と子猫丸にそう告げて志摩は声を上げる。
「柔兄ーっ! なにしてんのーっ!」
 その声が聞こえたのか、柔造とその隣の少年がぴくりと反応を見せた。揃って振り返った二人に志摩はにこりと笑いかける。
「柔兄、仕事は?」
「今日は早上がりや。そやし帰りに散歩がてらふらつたろ思てな」
「へぇ。んで、隣におるんは出張所で言うとった子?」
 問いながら志摩は兄の隣に立つ少年を眺めやる。
 ほんの少し志摩より下に位置するややつり上がった青い目は驚いたようにこちらを凝視していた。
「おん。この子が俺の言うてた藤本聖騎士と一緒に京都まで来たっちゅう子や。……奥村くん、俺のことも知っとったようやし、ひょっとしたらこいつのことも知っとるかもしれんけど、一応紹介しとくわ。こいつは志摩廉造。俺の弟で志摩家の五男や」
「志摩廉造言いますー。よろしゅうな、奥村くん」
「ッ、ぁ、……」
 志摩に「奥村くん」と呼ばれた瞬間、少年は息を呑んで元から丸くなっていた青い目を更に見開いた。それから一瞬だけ何かを耐えるように眉根を寄せる。だが志摩にはその理由が解らない。
「奥村くん?」
「あ、えっと。うん。よろしく」
 窺うように再度名を呼べば、苦しげな表情は笑みの中に姿を消した。
 差し出した右手にもちゃんと応えてもらえて、志摩は不思議に思いながらもふと相手の右手首を一周する腕時計に目をやる。
(あ、これ結構ええやつやん)
 腕時計に詳しいわけではないが、そんな志摩から見てもそれなりの値段がつく一品だろうと推測できた。子供が身に着けるには少し背伸びをし過ぎているような気もする落ち着いたデザインのそれは、既に祓魔師になっているらしい彼に親(ここでは養父である藤本聖騎士)が称号取得祝いとしてプレゼントしたものだろうか。それとも自身の給料で購入した“憧れの品”的なものだろうか。
 つらつらとそんなことを考えつつ、けれども表情に出すことはなく。志摩は短い握手を終えて腕を脇に垂らす。
 するとちょうどそのタイミングで志摩を追いかけてきた勝呂と子猫丸が隣に立った。
「お前が奥村か。俺は勝呂竜士。お前のお父が今日訪ねて来とった勝呂達磨の息子や」
「僕は三輪子猫丸言います。坊―――」と言って子猫丸は勝呂を手で示し「―――と志摩さん、それに僕も明陀の人間なんですよ」
「へ、へぇ。そっか。あ、こういう時は『うちの親父がお世話になってます』って言った方がいいのかな……?」
 勝呂の顔を見て少年が首を傾げる。そんな動作に志摩は「ぷっ」と吹き出し、子猫丸は柔和な笑みを浮かべ、勝呂は微妙そうな顔をした。横では柔造が苦笑を滲ませている。
 それもそうだろう。今日の訪問を抜きにしても、志摩家の家長曰く少年の養父たる藤本獅郎はかつて志摩達明陀の本尊・降魔剣『倶利伽羅』を持ち去った過去があるのだから。後々返却されたとは言え、当時、倶利伽羅奪取の場に居合わせた八百造がそれを語って聞かせてくれた時の顔を思い出せば、“藤本獅郎は明陀に大変お世話になった”と言えなくもないと思ってしまう。少年本人はそんな養父の過去を知らないかもしれないが。
(ああ、でも剣は背負ってはんのやね)
 少年の背に見える赤くて長い袋の形状から志摩はそう推測した。
 倶利伽羅は後に返却されたため、彼が肩に引っかけているそれはまた別の物だろう。聖騎士が生まれる前の養い子に与えるつもりで一組織から重要な刀を奪うとは考えられないが、それでも志摩は倶利伽羅と少年の剣に不思議な繋がりを感じる。
 ともあれ、彼はどうやら剣を使って戦うタイプらしい。
 まだ“奥村雪男は最年少で祓魔師の資格を得た”としか知らない志摩は、少年の得た称号が騎士であると脳内に新しく情報を追加した。己はまず詠唱騎士を希望しているが、血筋的に騎士も後々必要かと思っているので少しばかり親近感が湧く。と同時に、このまま少年が家に帰ってしまって折角できた繋がりが消えてしまうのを少し勿体無いと思ってしまった。
「そや、折角やしメアド交換せえへん? 奥村くんてたぶん近々帰りはるんやろうけど、俺ら来年から正十字学園と祓魔塾に通いますねん。もし奥村くんが良かったら案内とか頼まれてくれへんやろか。それに知り合いがおるんとそうやないんって学園生活やとかなり違いますやん?」
「俺、が?」
 ナイスアイデアと志摩が自画自賛していると、少年は自分を指差してまるで「本当に自分なんかが?」と言いたげな顔をした。困ったような、嬉しいような、想像もしていなかったような……そんな表情だ。
 そうやって少年が一つ何かをするたびに奇妙な違和感が付きまとう。どうしてそんな反応をするのか、どうしてそんな顔をするのか。聞きかじった境遇だけでその理由を想像することはできず、志摩は訊いてみるかと思い―――けれど、面倒くさがりな性分が顔を出して他人の深いところへと入り込む前に足を止めてしまう。
「そうやな。俺らも向こうに知り合いがおったらありがたい。代わりっちゅうわけでもないけど、この辺、俺らに案内させてくれへんか」
「す、勝呂?」
「そうですよ。ここで出会ぉたんも何かの縁。奥村くんの都合がよければ僕らに案内させてください」
「こね(じゃなくて、)……三輪まで」
 志摩の台詞にのっかって勝呂と子猫丸もそう言いながら携帯電話を取り出した。
 差し出された携帯電話に少年はまたあの顔をする。それから申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「わりぃ。さっき柔造さんにも言ったんだけど、俺すぐ旅館に戻らなきゃなんねーから。誘ってくれてありがとな。そう言ってもらえるだけですっげぇ嬉しい」
 少年がそう答えたタイミングを見計らったかのように携帯電話のバイブ音が聞こえてきた。誰の物かと思えば、少年が自分のズボンのポケットに手を突っ込んでいる。
「……奥村くん」
「ん。もう帰って来いって」
 メールを確認した少年がそうしてもう一度「わりぃ」と告げた。
「勝呂、三輪、志摩。それに柔造さん。ありがとうございました。じゃあ、俺はこれで」
「あ、奥村くん」
 志摩が止める間もなく少年は背を向けて走っていく。
 こうして柔造にとっては二度目の、志摩、勝呂、子猫丸には初めての邂逅が終わった。


「ところで柔兄のことは下の名前で呼んではったのに、なんで俺んことは姓やったんでしょ?」
「あ、ホンマですねぇ。あんまり普通に呼んではったから気ぃ付きませんでしたわ」
 初めて出会ったはずなのだが、あちらはまるで元々志摩達と顔見知りで自然とその呼び名が出てきたかのようだった。子猫丸の返答を聞きながら志摩は小首を傾げる。ただの偶然なのか。それとも相手は本当にこちらのことをよく知っていたのだろうか。
(よぉわからん)
 胸中で呟き、志摩は思考を放棄する。どうせ正解を知っているあの少年本人がいないのだから、自分がいくら考えても仕方の無いことだろう。
 来年、祓魔塾に通うようになってからもし再びあの姿を見かけることがあれば、その時にでも訊いてみようとひとまずそう決めて、志摩は「ま、ええですわ」と口に出す。
「答え合わせは奥村くん本人ともう一回会ぉてからや」







2011.10.05 pixivにて初出

達磨さんが仲間になった! 神父さんのブラックな一面が若干顔を出し始めた! 燐に対する志摩家次男&五男の興味が1上がった!(志摩+燐から志摩燐になるまで残り2) 京都組の勘違いレベルが1上がった!(テテテッテッテッテー)
ところで雪男が祓魔塾に通っていたのはいつから&どれくらいなんでしょうね。意外と中学一年の時だけとか? 七歳から(聖騎士によるマンツーマンの)訓練開始→中学に上がると同時に祓魔塾へ入塾→その年度の試験で称号取得、な感じで。何はともあれ志摩家の四男以上と一緒に授業を受けた経験があるのかどうかが知りたい……! とりあえず「ミーシャの遺言」では、雪男と柔造は入れ違いってことで。金造とも入れ違いかな? 志摩家三男あたりなら重なってるかもしれませんね……。