それは若い祓魔師達の研修の意味も込めた任務だった。
 聖騎士である藤本獅郎と共に班を組んでグールの討伐に当たる―――。場所が土葬する宗派の墓地だったため殆どが人型のグールであり、のそのそと鈍い動きを見せるそれに混ざって時折四足で素早く移動する腐った犬や猫の姿も見受けられた。しかし決して難しい任務ではない。
 数は多いが致死節が解読されているものばかりであるため詠唱騎士ならば同種のグールを一気に片付けることができたし、竜騎士が放つ銀の弾丸は効果的に動く屍を動かない屍へと変えていく。騎士が剣を振るえば両断された胴体が土へと還り、手騎士が使役する悪魔は従順に主の命を聞いて敵を屠り、そして万が一グールに手傷を負わされても医工騎士が素早く適切な処理を行ってくれた。
 しかし。
(なりたての奴らに人の形をしたものの相手はちとキツかったか)
 胸中で毒づきながら獅郎が放った弾丸はそうなることが当然であるかのようにグールの身体へと着弾する。人数を揃えていたため攻撃範囲の広いショットガン系は避け、めり込んだ標的の体内で炸裂する種類の弾を使用していたので、着弾から一瞬の間を置いてグールが内部から破裂したように上半身を消滅させた。
 防戦一方というわけではなく、またこちらが不利だと表現する程でもない。
 けれど若い祓魔師の殆どが攻撃する前に僅かな躊躇いを見せている。人間としてはある種正しい姿なのかもしれないが、祓魔師としてその隙は命取りだ。
 また一つ弾丸を放ち、隙を作った所為で犬型のグールに襲われかけていた若い騎士を助ける。「躊躇うな!」と活を入れれば、ようやく大振りな両刃の剣を構えるその手に力が篭った。
「ま、慣れてもらうしか道はねーか」
 呟きつつ更に発砲。自分に向かって来るものへの対応と任務に慣れない若手祓魔師のサポートを同時にこなしながら獅郎は次々にグール達を屠っていく。
 少し離れた所にいる義理の息子を見遣れば、彼はこの班で一番幼いにも拘らず――何せ息子こと奥村雪男は歴代最年少祓魔師だ――養父と同じく銃火器でもってグールと相対していた。こちらは二丁拳銃を巧みに操り、敵を容易には近付けさせない。人型のものを撃つことに躊躇いが無いわけではないだろうが、それでも一瞬の躊躇が命取りになると教え込んだ少年は養父の言葉を忠実に守り引き金に掛かった人差し指に力を込める。
 これなら大丈夫だろうと獅郎は胸中で呟く。が、その次の瞬間。元は大型犬であっただろうグールが突如として雪男の目の前に現れた。
「くっ」
「雪男!」
 素早い敵の動きに雪男の身体が追いついていかない。二丁拳銃から放たれた銀の弾丸は標的を逸れ、雪男は身を捩ってなんとか犬型グールの攻撃を躱す。これは流石に幼い息子一人で相手をさせるわけにもいかないだろう。そう判断した獅郎は銃の照準をグールに合わせ―――
「……な、」
 引き金を引く前に視界の端を何か黒い物が掠めて行った。
 それは本当に一瞬の出来事。黒い影が雪男に襲い掛かるグールと重なったかと思うと悪魔の胴が真っ二つに切り裂かれていた。二つに分かれたグールの身体は雪男を避けるように彼の足元に落ち、僅かな痙攣を見せる以外は何もない。黒い影はもうどこにも見当たらず、人間とは思えない素早さを目撃した獅郎と影に助けられた雪男は瞠目し、互いに顔を見合わせる。
「今のは」
「神父さんも見ましたか」
「ああ」
 ひとまず距離を詰め、向かって来る悪魔達に銃弾を浴びせながら言葉を交わす。
 一体今のは何だったのか。他の祓魔師達が気付いた様子は無い。人間離れした動きから、この場にいる手騎士の誰かが雪男を助けるために使い魔を寄越してくれたのかとも思ったが、今の影と重なる悪魔は見当たらなかった。
「味方……でしょうか」
「だと有り難いんだが」
 別種の悪魔が共食いをしていないとも言い切れない。しかもあのように素早く、あのように容易く屠った手腕からすると、グールとは比べ物にならない上位の悪魔だという可能性もある。
「とりあえずお前は向かって来る悪魔を倒すことにだけ集中しろ。他は俺がやる」
「わかりました」
 ジャキ、とマガジンを入れ替える音。雪男が二丁拳銃を構え直すのを視界の端に捉えながら獅郎もまた引き金を引いた。他の仲間が戦っているのを確認しつつ、必要ならばそのサポートも行いながら丸い眼鏡越しの視線が黒い影を捜す。
 戦況そのものはほぼこちら側の勝利が確定しており、獅郎に活を入れられた若手祓魔師達も攻撃に躊躇が見られなくなっていた。だが獅郎は黒い影を捜す一方、グールの数が随分減ったのを認めて内心首を傾げる。
(早すぎやしないか?)
 グールの減り方が祓魔師達の対応と比較して随分早いような気がした。
 他の者は自分達が対処しているよりも多くの悪魔が倒れていることにまで気が回っていない。元々グールの数が多かったのも原因の一つだろうが、最大の理由はきっと“自分達以外に悪魔を倒している者”の姿が全く知覚できていないからだ。
(おいおい。姿も見せず祓魔師が有利なように動いてくれる人外なんて愉快なモン、一体どこのどいつの差し金だ?)
 ふと脳裏に浮かんだのは友人にして悪友、長く姿の変わらない男の楽しそうな笑みである。
 問い詰めれば何か吐くかもしれない。そんな予感を強く感じながら獅郎は腰溜めに構えた銃でまた一体グールを吹き飛ばした。



* * *



「奥村君……貴方、私がお願いした任務以外でもその刀を抜いているでしょう?」
 その刀、と言ってメフィストの視線が向けられたのは燐の悪魔としての能力を封じ込めている降魔剣ではなく、戦闘用に使用しているもう一振りの方である。刀身に対悪魔用の梵字を刻んでいるが、それ以外は普通の鋼でできた剣と何ら変わらぬそれ。銘は無く、剣を得意とする燐が倶利伽羅を使用せずとも戦えるようにメフィストが用意したものだった。
 燐は通常、倶利伽羅だけを持ち歩いている。だが任務が入った場合や悪魔の多そうな地域に赴く場合は無銘の刀も一緒に背負っていた。そのはずなのに。
「最近、任務が入っていない時でもそれを持ち歩いているじゃないですか。しかもふらっとどこかへ出掛けたり。無限の鍵を渡したのは私ですけど、一応後見人に行き先ぐらいは告げていただけませんかね」
 ―――私に内緒で出掛けた先で一体何をやっているんですか?
 答えなどとっくに予想していると言わんばかりの表情でメフィストはそう問いかけた。
 きっとこの悪魔は燐がいつ出掛けてどこで何をしているのか、燐が実際に動き出す前から気付いている。何せ彼は正十字騎士團の日本支部長だ。つまり日本支部に属する祓魔師の任務内容を全て把握できる立場にあるわけで。
「……俺が何のためにここにいるのか知ってんだろ」
「勿論ですとも☆ ですがやはり一言欲しいのですよ」
 ニヤリと道化師のような悪魔が笑った。
「弟に何かあったら怖いのでこそっと任務について行きます、とね」
「…………」
 沈黙は肯定。
 燐の反応にメフィストは執務室の机に肘をついて弧の形に吊り上がった口元を隠しもせずに続ける。
「先日、藤本をリーダーとしてグールを退治する任務があったでしょう? 若手を連れて。貴方の弟もいましたね。それでまぁ任務後に藤本から報告書が来たわけなんですが―――」

「書類に挟まれていたメモにね、こうあったんですよ。『あれは誰だ?』って」

「……っ」
 燐は息を呑んだ。
「貴方も他人に目撃されぬよう上手くやっていたのでしょうが、とうとう藤本には見られてしまったようですね。とは言っても残像程度だと思いますが。……それでもあの男は私を疑ってきた。おそらく聖騎士の仕事に少しでも暇ができたならすぐさまここへ押しかけてくるでしょう」
「喋るのか。俺が生きてるって」
「それは私にも解りません。こちらから明かすつもりはありませんが、妙なところで勘のいいあの男のことです。藤本が言い訳のしようの無い証拠か何かを持ってきた場合には……解っていますね?」
 だから一応覚悟しておいてください。
 全ては目撃された燐に非がある。ゆえに「絶対喋るな」と無理な注文をつけることもできず、燐はメフィストにただ小さく頷いた。
(ようは、あれだ。好かれなきゃいいんだし)
 それに影ながら祓魔師のサポートをしていたことを知られてもサタンの青い炎は使っていないのだから、自分が獅郎の頭の中で死んだはずの奥村燐とイコールで結ばれる可能性も低いはず。
 問題ない、と胸中で呟いて、燐は倶利伽羅を担げ直した。







2011.06.25 pixivにて初出